この度は脳外臨床研究会支部セミナーレポートに足を運んでいただき、誠にありがとうございます。
今年の脳外臨床研究会ナイトセミナーでは『脳卒中片麻痺患者様の運動を知る』をテーマに、臨床場面でなぜその現象が生じているのか、その原因は脳のどこにあるのかを理解し、それを治療するためにはどういったことを知る必要があるのか、についてお伝えしていきます。
その中で第一回の支部セミナーでは、被殻出血の患者様を例に原因追求が最も大切であること、脳の知識をどう臨床応用し、治療展開を組み立てていくのか、そして受講生の皆様に何を臨床場面で考えてほしいかを伝えるセミナーとなったのではないでしょうか。
脳卒中患者様においてなぜ現象からみるのか?
セミナーではそもそも脳卒中とはどんな病気なのか?という総論から、各論としての被殻出血患者様を例に基底核とは?
そこが障害されたら何を評価するのか、臨床で何を考えていけば良いかという部分をお伝えさせていただきました。
脳卒中患者様を評価する際のポイントとしては、『運動麻痺』や『注意障害』、『感覚障害』などの症状名から判断するのではなく、『起こっている現象』から症状、そしてそれが引き起こされる原因である『脳を考えること』をお伝えしました。
例えば、今回の被殻出血の患者様では
- フットプレートをあげない
- 急に立ち上がる
- 左足を乗せたまま立ち上がる
- 左足で足を下ろせない
- 立ち上がれない
- 立位保持ができない
- 移乗ができない
- 左上肢が動かない
といった様々な現象がありました、そしその中からなぜ移乗時にフットレストから足が降ろせないのかという現象を例に考えてみました。
さて、このフットレストから足を降ろさずに、いきなり立ち上がろうとするのはなぜだと思いますか?
よくこういう場面をみると運動学習?注意?高次脳機能障害?と、様々な症状名をつけ、解釈することがあると思います。
でもそれでは、結局何が問題で、何が根本的な原因なのかという正解がわからないことはありませんか?
もしくは「運動学習も注意も悪いし、高次脳もあるしね〜」という話になって、結局どう治療したらいいのかがわからないことは多くあるのではないでしょうか?
それらを明確にするためにも、まずは起こっている現象をみて、なぜそれが起こるのか、そもそも脳のどこに障害があり、その部位がどういった機能をもっているのかを把握する必要があるのです。
今回は被殻出血がテーマなので、基底核の中の被殻が何をしているのかという部分についてお伝えしていきました。
被殻(基底核)の機能はダムの役割
被殻とは基底核の中に含まれ、淡蒼球と合わせてレンズ核(解剖学的名称:解剖学的に位置が近い)、尾状核と合わせて線条体(機能学的名称:機能が一緒)といいます。
基底核の最も重要な機能は抑制作用をもつということです。
そしてもう一つ重要なことは、この基底核自体には運動に必要なアクセルの機能は有していないということです。
基底核の抑制作用と考えると少し解釈が難しくなるので、山本が講義の中でお伝えしたのが基底核を『ダムの作用』という例えで話を進めていきました。
ダムとは水を貯めておいて、必要なときに必要な分だけ水を提供する役割があります。
流さないとどうなるのか?提供したい場所に水が流れず干からびますよね。
では流しすぎるとどうなるのか?ダムが決壊するのと同じで、水が多量に流れでてしまいますよね。
じゃあ、これがヒトの動きで考えた場合、どういった情報を基底核が抑制しているのかというと、大きく4つのループが基底核にはあるとされています。
それは
- 皮質―基底核ループ(運動ループ)
- 眼球運動ループ
- 連合野ループ
- 辺縁系ループ
です。
眼球運動ループはサッケードを基に、周囲に眼球運動が起こってしまい、それを抑制できないケースがあるということ、辺縁系ループは今の状況に応じて必要な感情をコントロールできず、急に怒り出すなどの情動面の問題をセミナーの中ではお伝えしました。
今回はその中でも特に運動ループについて深く考えていきました。
運動ループとは、例えば目の前のペットボトルを取ろうとした際にも、その取り方は何通りもあり、状況や過去の経験・記憶に応じて(ペットボトルの水を飲みたいときの持ち方、ただ移動させたいときの持ち方など)、どういった運動出力が一番適切かを判断して、ひとつの運動を引き起こします。
これが沢山の運動情報の中から、どういった情報を流すといったような抑制する機能になります。
そして、基底核にはアクセルがないといいましたが、実際にアクセルとして運動出力を行うのが、皆様が知っている一次運動野から皮質脊髄路を介して脊髄、そして筋肉にいく随意運動を司る部分になります。
つまりまとめると、ペットボトルをとるという運動に対して、何通りもある運動情報に対して、今はこの運動だけを情報として脳の運動出力に関わる一次運動野に流し、その他の不要な運動は基底核によって抑制しようという機能があるということになります(旅行に行くときに、どういった行程で、飛行機や新幹線などの何を使って、どのルートで行こうといったような旅行プランみたいなイメージです)。
ここで一つ皆様がイメージがつきやすいように、運動プログラムについて二つの基底核症状を例にお伝えしました。
それは基底核障害を勉強していてよく出てくる「パーキンソン病」と「ハンチントン舞踏病」の2つの病態です。
この2つの症状は運動麻痺などの運動出力の問題がないにも関わらず、運動が適切に行えない病気になります。
症状名や病態は異なるように見えますが、実は運動の量を調節しているダムという視点から考えると、両者の特徴がみてとれます。
運動を抑制しすぎて「全くでないパーキンソン病」か
運動が全く抑制できなくて「出過ぎるハンチントン舞踏病」かの2つで考えられます。
基底核で大事な経路の作用
これらを説明する際に用いられるのが皆様が学生時代に習った直接経路・間接経路です。
直接経路は、複数ある運動情報から今これをやろうと選択した情報を流す経路で、線条体→淡蒼球内節・黒質網様体部に投射する経路です。
それに対して間接経路は、今は必要ないと抑制する経路で、線条体→淡蒼球外節→視床下核を経由し、淡蒼球内節・黒質網様部に投射経路になります。
この2つの経路(実際はこれにハイパー直接路という直接路・間接路より先に大脳皮質からの興奮性入力を受ける部分があるのですが)が円滑に働くことで、運動というものを起こすのですが、パーキンソン病は直接経路が働かず、常に運動が間接路によって抑制されている状態になります。
それに対してハンチントン舞踏病は間接路が機能しなくて、沢山の不要な運動情報を常に開放して流してしまっているから結果、様々な運動が引き起こされているという状態がみられます。
つまり、抑制度合の違いによって現象は違えど、それが引き起こされるメカニズムは基底核の抑制機能が障害されたことによってみられる問題としては一緒となります。
しかし、上記2つの障害は脳の伝達物質(ドーパミン)などの問題により引き起こされるもので、実際の臨床場面でみる被殻出血は、この基底核の機能が損傷されていることによって抑制機能が障害を引き起こされます。
それを踏まえたうえで、基底核が働く前後の脳の情報のやり取りの中で運動がどうやって起きるのかを知る必要があります。
被殻出血症例における運動の問題とは?
では、実際に基底核は運動のどういったプログラムをコントロールしているのでしょうか?
その際に、今一度運動が起こるまでの全体的な脳内の情報の流れを知る必要があります。
我々の脳は沢山の情報を感覚刺激として外界から情報を受け、そういった情報は感覚野に送られます。
そして、そこで様々な感覚として入った情報を連合野で統合することで、それを基に実際にどういった運動をしようという運動の手順や方法を運動プログラムとして作ります。
ちなみに連合野で情報統合ができない状態を高次脳機能障害といい、高次脳機能障害に対してはどういった感覚情報なら統合されやすいのか、何の情報が必要なのかを細かくみることが、治療の第一原則になります。
この運動プログラム生成の際に働くのが、補足運動野と運動前野という高次運動野といわれる部位になります(上の図の⑤になります)。
そして、この2つはそれぞれが脳のある部位と連絡をとりあうことで、運動プログラムを生成していきます。
補足運動野は基底核と、運動前野は小脳とそれぞれ結び付き、
前者は記憶情報をもとに運動を作り出す記憶誘導性の機能を持ちます。
記憶をもとに運動を作り出すということは、病前はどういった仕事をしていたのか?どういった趣味や嗜好があったのか?こういったことを患者様から聴取することで、運動の出力を求める際にどういった刺激入力するのが良いのかが決まってきます。
つまり、そういった情報を看護師さんなどの病棟にも伝達することが重要になってきます。
それに対して後者は視覚情報を優位に運動を作り出す視覚誘導性の機能を持ちます。
パーキンソン病患者様を例に考えると、基底核と補足運動野による記憶をもとにした運動を作り出すことが難しく、それにより足の一歩がでないといったすくみ足などの現象が生じますが、線をまたぐといった視覚情報を用いることで、足のステップがスムーズにでるといったことが起こるのはこういった機能によるからなのです。
つまり、被殻の障害がある場合は、この記憶を基に運動手順や運動方法を『運動プログラム』として立てることが困難となります。
それが症例でみられた、車いすからベッドに移る際のフットレストから足を下ろしてないのに立ち上がろうとする、点滴棒を触ろうとする、周りに注意がそれるといった現象として現れることに繋がるということです。
つまり、治療で考えるべきは、どういった声掛けや課題の提示をすることが必要なのか?その中で、正しい手順がでるやり方をいかに反復して覚えさせ、運動学習していくことが重要となるのです。
模倣などで動きが正しく行えるということであれば、小脳経路(運動前野)を用いた視覚代償などでの運動プログラムの生成を作りながら治療や病棟・リハビリ場面での介入を用いることが重要視されてくるのです。
そして、この運動プログラムから送られた情報が実際に運動実行する一次運動野(ブロードマン4野)にいき、そこから皮質脊髄路を介して脊髄にいき、実際の筋肉に神経がつながることによって運動が起こります(下図の⑦、⑧の部分)。
運動とは必要な骨格筋の収縮を脳の命令通り正しく遂行することです。
この際に上記部位(⑦、⑧)の障害が起きると、骨格筋の収縮が起こらず、結果運動実行が行えなくなり、これが運動麻痺といった随意運動障害として解釈することができます。
実際は、被殻出血のケースでは運動プログラムの問題と運動麻痺の問題を両方呈する場合が多くあります。
被殻の近くには皮質脊髄路が通る内包膝・後脚があるため、臨床上症状が混合して見られるのはこのためです。
ですので、その現象が運動プログラムの問題なのか、運動麻痺の問題なのかを明確にしていくことが重要になってくるのです。
そして、それらを細かく分ける際には、実際に脳のどの部位が、どの程度損傷を受けているかを評価することになり、その際に脳画像をみる価値があるということになります。
そういったことを考えると、運動麻痺を見る際は、骨格筋が自分の意思で動かせるかどうかを評価としてみながら、そこに運動プログラムとしてどのような情報入力(声掛けや運動課題の提示)で筋の収縮反応が変化するかを細かく見ていく必要があるということになります。
そして実は、この基底核は運動プログラムだけでなく、脳幹へと投射し、その脳幹のある部位の活動を調節しています。
その際に、筋緊張の影響が大きく関係するため、被殻出血の方には筋緊張の要素を考える必要があるのです。
脳画像から被殻を同定する
皆様が臨床場面で最もみることが多い脳画像が、このスライスレベルの画像だと思われます。
理由は、脳出血の責任病巣の約7~8割がこの領域(視床出血・被殻出血)の脳出血になるからです。
先ほどからみてきた皮質脊髄路がこのスライスレベルではどこを通るかといわれると、内包後脚という部位が非常に重要となります。
では、実際に内包後脚の見つけ方を順を追って説明していきたいと思います。
内包の探し方
①脳室の前角の前後に2点、後角の端に1点、印をつけます。
②その3点を線で結びます。前角の2点と脳室で囲まれた領域に尾状核、前角と後角の2点と脳室で囲まれた領域に視床が位置します。
③次に島皮質(側方にある脳のしわが縦に広がっている部位)の領域に2点、先ほどの前角の後ろの点からやや外側に1点印をつけます。
④そしてそれを線で結びます。この部位にくるのが基底核の中でも被殻・淡蒼球で作られるレンズ核になります。
上記部位で囲まれた領域の前方を内包前脚、後方を内包後脚といい、内包が半分に折れ曲がる膝という部位から後脚(前1/3)にかけて皮質脊髄路が通ります(下図赤枠部分)。
まとめ
被殻出血の場合、被殻の近くにある皮質脊髄路の通り道である内包膝・後脚にも出血巣が及んでいる場合が非常に多くあります。
そのため、被殻の機能である運動プログラムの問題と、皮質脊髄路の障害による運動麻痺の問題をどちらも影響している可能性があり、今治療介入はどちらに対して、何を目的にアプローチをしているのかも十分明確に把握しておく必要があるのです。
その際に被殻の場合は運動の手順の障害をまずは考え、どういった声掛けや運動課題に対して実際の運動誘発が起こるのかを理解する必要があり、ある運動をどの手順でどうやって遂行するのかを一つずつカルテなどに記載し、病棟やリハビリ場面でも共有することが大切になります。
そして、実際にどういった情報入力をすれば良いのか、それによって運動の手順がどうなっているのか、すなわちここに対して治療したらこの手順がどう変化したのかを見つける必要があるのです!
今回は運動ループに関して、基底核の中での被殻の機能について運動プログラムという観点から運動手順をどのように決めているかの機能解剖、そして実際の脳画像から紐解いていきました。
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